【家族介護者の体験記】単身赴任で介護をしながら男性介護者の会を立ち上げる
今、両親や妻を介護する男性介護者が増えており、その割合は介護者の3人に1人と言われています。 ご自分の家族と離れ、単身赴任状態でご両親を介護しながら、男性介護者の会も立ち上げておられる神尾洋一さんを取材しました。

単身赴任状態で、実家で母親を介護する。
神尾洋一さんは現在、兵庫県にある実家でお母さんの介護をしています。
千葉県にご自分の家族を残して単身赴任のような形で介護をする、ちょっと珍しい形で介護を続けています。
神尾さんが介護を始めたのは2010年の春でした。
母・朝子さんが脳出血で倒れ介護が必要になった時、白羽の矢が立ったのが長男である洋一さんだったのです。
勤めていた会社でちょうど定年を迎えるタイミングと重なったことが、その大きな理由だったといいます。
遠距離で介護をする時、一般的には両親を近くに呼ぶか、家族揃って実家に戻るか、どちらかを選ぶ場合が多いかもしれません。
ですが、神尾さんはそれまでも仕事で海外に単身赴任することが多かったため、ご自身もご家族も、別々に生活することに違和感はなかったといいます。
そのため、最初こそ千葉と兵庫を毎週のように往復していましたが、ごく自然な形で単身実家に戻ることを決めました。
男性ならではの介護の悩み。
「最初の1年はリハビリ病院への転院や車いすの手配・自宅改修の計画など、いろんな手続きや事務処理がたくさんあって、あっと言う間に過ぎてしまいましたね。」
それまで神尾さんは、ご家族の介護をした経験はありませんでした。
しかし、かつて祖母がグループホームに入った時に、ホームヘルパー2級(現 介護職員初任者研修)の資格を取得したことはありました。
また、お父さんもお元気だったことから、2人で協力し合って朝子さんを介護することができ、比較的順調に介護を続けることができました。
それでもやはり、うまくいかないこともあったといいます。
「これまで会社で目標を立てて達成することを繰り返してきたので、
介護でも目標を持とうとして失敗することがありました。
私の場合は、母親にまた歩けるようになって欲しいという願望を目標にしていたんです。
歩けるようになるために日々歩く練習をして筋力をつけなくてはと考えていましたが、ちょっとリハビリをさせ過ぎてしまったなと後で反省することもありました。」
目標を持って介護を続けることは大切なことです。
ですが、元気な頃のお母さんをイメージし過ぎることで、現実とのギャップを感じて悩んだといいます。
そして、どちらかというと長年会社勤めをしてきた男性の方が、そういう状況に陥りやすいのでは、と神尾さんは仰っていました。
男性が中心となり介護をするということ。
介護を始めて2年後、神尾さんはある家族介護者の集まりに出席しました。
そして、そこで男性介護者と女性介護者の大きな違いを目にしたといいます。
その違いとは、コミュニケーションや感情表現に関することでした。
「他の方の前で、涙をみせて介護について話される女性を見て、女性の多くは自分の気持ちを外に出すことに長けていると感じました。
男性には一杯飲まないとなかなか話せない人も少なくないですからね。
男性の介護者が増えている中、他の方は一体どうしているんだろうと疑問に思いました。」
自分と同じように介護に悩む男性介護者はきっと沢山いるに違いない。
そう思った神尾さんは介護をしている男性の方を訪ね歩いて仲間を集め、2012年4月”たつの男性介護者の会”を発足させました。
男性介護者の会での活動、次のステップへ。
”たつの男性介護者の会”は、現在も様々な活動をしています。
月に1回の定例会では介護の相談をしたり、技術を学んだり、すぐに使える簡単な料理教室なども行っています。
また、1周年記念のイベントでは高齢者や介護者のファッションショーやセミナーのイベントを催し、200人近い方が参加しました。
このように、男性介護者の会で活躍をしておられる神尾さんですが、ご自身の介護は現在、新たなステージに差し掛かっているといいます。
というのも、これまで朝子さんを共に介護してきた父・虎一さんが2014年の3月、自転車で転倒され、一転介護を要するようになってしまったのです。
これまでは虎一さんがいることで時間的な拘束をあまり感じずに男性介護者の会を続けられた神尾さんも、自由に外出することが難しくなってきました。
今は、デイサービスや訪問介護も使いながら、要介護5の朝子さんと要介護1の虎一さんの介護を続けておられます。
介護はずっと同じではない。
「これまでは父と一緒に介護ができたので、私は恵まれていたんです。
介護というのはずっと同じ状態ではないので、新しいステージに来たと思っています。
5年目で改めて介護の大変さを認識しています。」
そんな祖父母のピンチに、お孫さん、つまり神尾さんの娘さんも時々千葉から手伝いに来てくれているそうです。
孫がいることで、虎一さん・朝子さんの生活にも更に張りが出ています。
「5年前、仕事を続ける選択肢もありましたが、今は介護を選んで良かったと思っています。60歳で定年退職することで、65歳まで働く人より5年早く第2の人生を始めることができましたからね。」
ちょうどこの日、84歳の誕生日を迎える母・朝子さんのために、神尾さんはお花とケーキを用意しました。両腕いっぱいで抱えるとても大きな花束です。
照れながら花束を抱える神尾さんを見て、朝子さんの喜ぶ姿が目に浮かぶようでした。