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【家族介護者の体験記】認知症の母と向き合いながら、母の心落ち着く場所を求めて

中学の頃から母ひとり子ひとりで生活をしてきた高山さん(仮名)。愛情を注いで自分を育ててくれたお母さんが認知症を発症された時の心の葛藤と、グループホームに入られるまでの経緯についてお話をお伺いしました。

投稿日時
2014年7月21日
カテゴリ
家族介護者の体験記
タグ
砂田さんとおかあさん
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認知症を認めることの難しさ。

元々、しっかりした性格だったお母さんが初めて要介護認定を受けたのは、83歳の時です。
以前から同じものを大量に買い置きするなど、認知症の前兆と思われる行動がみられていましたが、当時41歳の高山さんは、お母さんを認知症だと思えなかったといいます。

「今から思うと、親が介護を必要としている状態だと認めたくなかったんですね。」

ケアマネジャーに相談して受けた要介護認定では、要介護2の判定を受けました。
ですが、一人暮らしが長かったお母さんは、その後も介護サービスを使うことなく一人暮らしを続けることが出来ていたといいます。

そんな事態が急変したのは要介護認定を受けた2年後のことでした。
高山さんとお母さん
高山さんとお母さん

突然の入院、幻覚を見る母と向き合って。

きっかけは突然でした。
お母さんが急に激しい背中の痛みを訴えられたのです。
慌てて救急車で搬送し診察した結果、第二胸椎の圧迫骨折と判明しました。

そのまま整形病院に入院したお母さんでしたが、入院をきっかけに今まで見たことのない様子になってしまわれました。

「幻覚を見たり、幻聴を聞いたりするようになってしまったんです。
虫が這ってるって言ったり、
病室にいるのに自分は生家にいると思って話をしたり・・・。
それまで普通に会話していた母が急にそんな状態になり、辛かったです。」

幻想や身体の痛みを訴えながらも「ここを出ていく」と動き回るお母さんに、高山さんは24時間体制で2日間、殆ど眠ることなく見守り続けたといいます。

精神病院の隔離病棟で目にしたもの。

「このまま入院していても治療はできないから退院してほしい。入院を希望するなら精神病院に転院してください。」
整形病院からそんな宣告を受け、自宅近くの精神病院に転院することになったのは、救急搬送から3日後のことです。

背中の痛みを訴えながらも幻想や幻聴に苦しむお母さんに、精神病院しか道がないのかと転院手続きをした高山さん。
不眠の状態で見守りを続け、一人で決断もしなくてはいけなかった当時の不安感は相当なものだったと思います。

そしてそのまま精神病院の隔離病棟に入ることになったお母さん。
安静の状態を保つようにと、手首などをベルトで固定される母親の姿に、高山さんは激しいショックを受けたといいます。

それでも高山さんは、お母さんが暮らし続けた家に戻り同居することを目標に、お母さんの入院を支えました。
資料の山当時の資料の束

叶わなかった同居の夢。

その後、だんだんと症状が落ち着き、一般病棟に移ったお母さん。
ある日、一時外泊の許可が出ました。

苦しい期間を乗り越え、やっと良くなったのだと喜んだのもつかの間、
長年住み続けたお母さんの家に2人で戻った高山さんに、厳しい現実が待っていました。

一泊外泊のため、家に帰ったお母さんは、帰るなりこう言ったのです。
「ここはどこ?」

その時のことを思い出した高山さんは悲しそうな表情を浮かべられました。

「まさか、十数年住んできた家が分からなくなるとは思わなかった。
本当は一泊する予定だったけれど、ショックが強すぎて外泊を試すことすらできず、そのまま病院に戻りました。」

母の安息の地を求めて。

同居が叶わないことを悟った高山さんは、そこから施設探しを始めます。
比較的小規模で日常の生活に近い”グループホーム”に照準を絞り、10件近くのグループホームを回って、ついに「ここだ!」と思える施設に出会うことができました。

しかし、その1軒も待ちが出るほど人気のグループホームです。
病院からも退院を迫られ、老健(介護老人保健施設)に入所して、グループホームの空きが出るまで待つよう言われました。
ですが、環境の変化が認知症の症状を悪化させると考えていた高山さんは、首を縦に振ることはできませんでした。

それからの高山さんは、病院からの退院宣告をはぐらかしながら、事あるごとにグループホームを訪れたといいます。介護における悩みを施設長に相談しながら、出来るだけ顔を合わせる機会を作るようにされました。

そうして重ねた努力が実り、「1部屋空きが出るから」と声をかけて貰えたのは、精神病院に入院してから半年以上経った時でした。
非常に回転の速いその病院で半年間入院を可能にしたのは、後にも先にも彼1人だったかもしれません。

「これ以上母をたらいまわしにしたくない!」という高山さんの強い想いで、なんとか得たグループホームへの入所でした。
グループホームのお母さん
グループホームのお母さん

誰かに相談できれば・・・。

「一番きつかった時は、世の中を恨みましたね。
何で私だけこんな目にあわないといけないのかと思って。」

笑顔も見せながら話してくださった高山さんですが、この時は人生で最も大変だった時期の1つだったと言います。
特に、一人で全てを抱えざるを得なかったことが大変さを増幅させてしまったようです。

これから介護をされる方には、自分のように一人で背負いこまず誰かに相談してほしいと仰います。

グループホームから送られてくるお母さんの写真で、既に3冊のアルバムが埋まりました。自分のしてきたことに決して満足はしていないと仰る高山さんでしたが、写真の中のお母さんは、どれも穏やかな笑顔をされています。
そんな写真を眺めながら高山さんも同じく、穏やかで優しい笑顔を見せてくださいました。
微笑む高山さん

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投稿者
山本 由美子
投稿日時
2014年7月21日
カテゴリ
家族介護者の体験記
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